海外に住めば英語が話せるようになる、とよく言われる。
私は2000年代の半ばから、米国東海岸で10年ほど働いた。結論から書くと、住んでいるだけでは無理だった。
赴任したとき、私の英語はひどいものだった。大学で初めて受けたTOEICが580点。社会人になって受け直したら520点に下がっていた。中学のころは英語の偏差値が40台で、苦手意識を引きずったまま大人になった人間である。
最初のうちはホームシック気味だった。何を言われているのか分からない。転機というほどのものではないが、知人にブロードウェイのミュージカルに連れて行ってもらったことがある。あまりの面白さに驚いて、そこからアメリカ文化が好きになった。英語をまともに勉強し始めたのは、たぶんあのあたりからだ。
それでも、聞き取れない状態は2年ほど続いた。
さすがにこれはまずい、と思った。
5時間ドラマを見ても、聞こえるようにはならなかった
やったことは単純だ。休みの日は朝から晩まで英語のドラマを見た。5時間くらい。洋楽も聴いた。勉強という感じではない。面白いから見ていただけである。TOEIC対策はと言えば、テストの直前に問題集を一度やる程度だった。
私のモットーは「頑張って頑張らなくても良い仕組みを考える」なので、続かない方法は最初から採らない。その意味では、この過ごし方は間違っていなかったと思う。
ただ、これだけでは聞こえるようにならなかった。
量は入れていた。時間も使っていた。それなのに、音が言葉に変わらない。ドラマの筋は追えるようになっても、細かいところは分からないままだった。
発音の本を1冊やったら、急に聴こえた
変わったのは、発音の本を1冊やったときだ。松澤喜好さんの『英語耳 発音ができるとリスニングができる』である。
自分の口で音を出す練習をした。それだけである。
すると、急に英語が聴こえるようになってきた。今まで一続きの音の塊だったものが、区切れて聞こえる。何が起きたのかは、あとから理屈がついた。
自分で発音できない音は、聴き取れない。
少なくとも私が受けた英語教育では、発音をほとんどやらなかった。高校まで一度も習っていない。当時のNYで、私など足元にも及ばない英語の達人だった上司が、ベルリッツのNY校でLとRの発音を徹底的にやらされたと話していた。その人は「ベルリッツ」ではなく「ヴァーリッツ」と発音していて、それが妙に記憶に残っている。
昔の英会話学校のほうが、本質的なことを教えていたのかもしれない。
2009年の自分に、一つだけ訂正を入れる
2009年、私はブログに「リスニング力を飛躍的に向上させる6つのコツ」という記事を書いた。順番はこうだった。
- リスニングだけに集中すること
- 何について話しているか想像力を働かせること
- 場面ごとにどんな話題になるか予想しておくこと
- 発音の勉強をしよう
- リスニング力向上のためにはTOEICの勉強はやめよう
- 勉強法の工夫をしよう
発音は4番目だった。
今なら1番目に置く。
理由は単純で、1から3は発音ができたあとに効く話だからだ。音が分解できていない段階で「集中しろ」「想像しろ」と言われても、集中する対象がない。材料がないところで想像力だけ働かせても、それは推測であって聴き取りではない。
順番を間違えると、努力が全部そこに吸い込まれる。私は2年吸い込ませた。
TOEICのリスニングパートは、そこから1年ほどで300点台から490点になった。その翌年、総合で900点を取っている。
それでも、できている気がしない
ここまで書いておいて、最後に正直なことを書く。
私は今も、英語ができている気がしない。
900点というのは、日本の会社の中では十分な数字ということになっている。実際、それで仕事は回ってきた。それでも不自由さは残っていて、自分の英語には限界があると感じている。
思い当たることは一つある。ずっと独学だった、ということだ。
本を買って、ドラマを見て、自分で方法を決めて、自分で確認してきた。それで900点までは行った。行けてしまった、と言うべきかもしれない。
独学の弱いところは、間違いに気づく仕組みがないことだ。発音の件がまさにそうで、あれは「発音できない音は聴き取れない」と自分で気づくまでに2年かかっている。誰かに最初に言われていれば、2年は要らなかったはずだ。
今の自分の英語のどこが不自由なのかも、たぶん同じ構造で、自分では正確に言えないでいる。
だからまだ、もっと学びたいと思っている。