これは2009年に書いた記事です。2009年の本文を、リンクや装飾などを整理して残し、末尾に2026年の追記を付けました。
※本文中、スコアや職種など個人が特定されやすい部分だけ、公開にあたって表現をぼかしています。
2009年の本文
【経歴】
いたって普通のサラリーマンです。日本各地、米国東海岸など転々としてます。
【英語歴】
中学時代は偏差値40台で英語には苦手意識がありました。高校時代これじゃいけないと奮起して英検2級、英語の偏差値は60台へ。大学時代にTOEICを初めて受けて580点。社会人になって受けたTOEICが520点へと低下。
その後、英語の出来る知人に勧められて、洋書やアメリカのドラマをDVDで観ることを趣味にして900点。現在は満点の990点を目指しています!
【趣味】
アメリカのドラマ。オススメはアメリカ版の『The Office』です。イギリス版はいまいち。
読書。特にビジネス関連の洋書を読む。
YouTubeでキャッチーな洋楽を探す。最近はLady GagaとThe Pussycat Dollsにはまっています。
【座右の銘】
頑張って頑張らなくても良い仕組みを考える。
2026年の追記
17年ぶりに読み返した。短い文章だが、いくつか思うところがある。
990点は、目指さなかった
「現在は満点の990点を目指しています!」と書いてある。
結論から言うと、その後TOEICを受けていない。900点を取ったところで、私の中では終わってしまった。
理由ははっきりしている。転職市場で、900点より上に意味があるとは思えなかったからだ。書類の段階で足切りされないための札としては、900点あれば足りる。そして仕事自体も、そのスコアでこなせていた。
今になって振り返っても、この判断は間違っていなかったと思う。ただ、点数を追わなくなった代わりに何をやるか、を決めていなかった。
苦手意識から始まっている
中学時代は偏差値40台だった、と書いている。これは今も変わらない事実だ。
英語が得意な人間がさらに伸ばした話ではない。苦手だった人間が、高校で持ち直して、社会人になって一度下がって、そこから900点まで行った。順調ではなかった。
このことは、今でも自分の中で意味がある。得意ではないものを、やり方を変えることで何とかしてきた。座右の銘の「頑張って頑張らなくても良い仕組みを考える」は、たぶんそこから来ている。
落ちたものと、上がったもの
ただ、この17年で英語が全部落ちたわけではない。
仕事の経験値が上がった分、仕事で使う英語はむしろ上達したと思う。誰かに指示を出す。やってほしいことを伝える。スケジュールを詰める。この種のやりとりは、20年前より確実にうまくなった。
何を言うべきかが分かっているからだ。英語力というより、仕事が分かっているから言葉が出てくる。
落ちたのは、そこから外れた部分である。込み入った議論、雑談、当意即妙のやりとり。決まった型のない場面ほど苦しい。
つまり自分の英語は、この17年で「仕事の型に沿った部分」だけが伸びて、それ以外が痩せた。得意な形の中では回せるが、外に出ると止まる。
「洋書とドラマを趣味にして」の部分
ここはさらっと書いているが、実際にはこれが900点の中身だった。
休みの日に5時間ドラマを見る。洋楽を聴く。勉強という感覚はまるでなかった。TOEIC対策は試験の直前に問題集を1回やった程度だ。
続く方法しか続かない、というだけの話で、今も同じやり方しかできないと思っている。
2026年の自己紹介
改めて書き直すと、こうなる。
日本各地と米国東海岸を転々としてきたサラリーマンです。2000年代の半ばから10年ほど、アメリカで働きました。TOEIC900点を持っていますが、取ったのは20年近く前です。
今は50歳を前にして、もう一度英語を学び直そうとしています。読み書きはAIに任せるようになり、そのぶん自分の英語は怪しくなりました。会議で言葉が出てこない。単語が取り出せない。
990点は、たぶん今も目指しません。目指したいのは、会議の途中で言いたいことをその場で言える状態です。
座右の銘は変わっていません。