高校のとき、英語が一番苦手だった。
単語を覚えるのに、ローマ字のまま読んでいた。apple を「アップレ」と頭の中で唱えて覚えていた。発音を知らなかったというより、知ろうとしていなかった。音と文字が別々のまま、綴りだけを記号として詰め込んでいた。
高校受験には失敗している。内申点だけなら上の高校に届いていたが、実力が伴わず、第三志望あたりに落ち着いた。中学まで続けた部活も燃え尽きて、高校では早々にやめた。時間だけがあった。何かを成し遂げたい、見返したい、という気持ちだけが残っていた。
ただ、それよりはるかに強かったのは、家を出たかったということだ。
そして家を出る方法は、ほとんど一つしかなかった。家を出るには、親が認める進学先に受かるしかなかった。だから勉強全体をやる必要があった。そのうえで、自分の科目の中では英語の偏差値が一番低かった。どこに力を入れるかは、選ぶまでもなく決まっていた。
帰宅部だったので、帰りに本屋へ寄るのが習慣になった。当時は村上春樹をよく読んでいて、その棚の行き帰りに、大学合格体験記という本があることを知った。参考書に良し悪しがあることを、そこで初めて知った。その流れで和田秀樹さんの本に行き当たり、勉強のための勉強が要るのだと分かった。そこから成績は一気に動いた。英語も伸びた。
英語が好きになったからではない。家を出るのに必要で、やり方が分かったからだ。この違いは、たぶん今も自分の中に残っている。
家を出たあと、英語は止まった
大学に入ってからの英語は、授業だけになった。それも嫌々受けていて、成績は悪かった。受験のときにやっていたことは、続かなかった。
就職活動でTOEICが要ると言われて受けた。540点だった。周りには英語ができる人が多くて、知り合いの中では最低だったと思う。その点数は履歴書に書かないほうがいい、と言われた記憶がある。
家を出るという目的は、大学に入った時点で果たされている。そこから先、英語をやる理由が自分の中になかった。点数はそれを正直に表していたのだと思う。
二度目に出たかった場所
最初に勤めた会社を、私はまた出たかった。
海外に行きたい、と人事に言った。英語ができたからではない。TOEICも、就職活動のとき以来受けていなかった。単に、手を挙げる人が少なかったのだと思う。
赴任してからの2年ほど、英語はほとんど伸びなかった。住んでいれば聞き取れるようになると思っていた。この時期のことはアメリカに10年住んで分かった。英語は、住むだけでは聞き取れるようにならないに書いた。
変わったのは、食事の席だった。当時アメリカにいた日本人の駐在員や大学院留学生と食事をする機会があった。注文を取りに来たウェイトレスに、私は的外れな返事をしていたらしい。あとで留学生の一人に「あなた、推測で答えてるでしょう」と言われた。恥ずかしかった。そろそろちゃんとやらないと、と思ったのはこのときだ。TOEICを受け始めたのも、ここからになる。
英語そのものが目的だったことは、一度もない。受験のときは家を出るため。海外に出てからは、出た先で恥をかいたため。二度目の「出たい」に関しては、英語は手段ですらなかった。先に出て、それから慌てて英語をやっている。
燃料は二度とも切れている
赴任して5年ほど経った頃、給料も上がった。専門分野の仕事はルーティンが多く、外に出て人を回る必要もない。現地の同僚のほうが私に気を遣ってくれる立場でもあった。甘えられる環境が、そろっていた。
決定的だったのは、この会社を辞めてもいいと思った瞬間だった。帰任すればまた同じ土地に戻る。それが嫌だと思ったとき、いつ辞めても構わないと考えるようになった。そこで恐怖が消えた。
2009年の記事を読み返したとき、飽きの正体は恐怖の消滅だった、と書いた(英語の勉強に飽きないよう、英語で学ぶ・遊ぶことのすすめ)。あのときは、仕事が回るようになったから恐怖が消えたのだと考えていた。
こうして並べてみると、順番が少し違うのかもしれない。「ここから出たい」が燃料なら、出口が見えた時点で燃料のほうが先に消える。家を出たときも、最初の会社を辞めてもいいと思ったときも、そうやって終わっている。英語が続かなくなったのではなく、出たい場所がなくなった、という言い方のほうが近い気がする。
ただ、これは今の自分が過去を並べ直して言っていることなので、当時そう感じていたかどうかまでは確かめようがない。
今回の燃料が何なのかは、まだ言えない
見返したい相手はいない。出たい場所も、今のところない。恐怖もない。
2009年の記事の末尾に、私は「切羽詰まらないまま続けられるか」と自分で書いていた。今がまさにその状態になっている。
一つだけ違うのは、17年前の記録が残っていることだ。当時の自分が何を書いたか、証拠がある。そこに訂正を入れていく作業は、少なくとも今は続いている。それが燃料と呼べるものなのかは、続けてみないと分からない。